1 今から40年近い前、1973年(昭和48年)9月に当時の札幌地方裁判所が、長沼ミサイル基地訴訟で、「自衛隊は軍隊であり、軍隊の保持を禁じた憲法九条に違反する」という画期的な違憲判決を下しました。一国の軍隊を憲法違反の許されざる存在と極めつける裁判所の判決は、もちろん戦後初めてであり、この判決のニュースはたちまち地球上を駆け巡って、日米両国政府にも大きな衝撃を与えました。不思議なことに(?!)、わが国政府はこの判決後も平然と「自衛隊」という名の軍隊を保持し増強し続けておりますが、どうしてこのような思いきった憲法判決が可能であったのか、それこそ不思議に思っておられる方もいるかもしれません。

2 1945年(昭和20年)8月にわが国は第二次大戦に敗北し、それまでの超国家主義・軍国主義の政治体制から民主主義・平和主義の新体制に生まれ変わることを余儀なくされました。この国家ぐるみの大変革(戦後民主改革)の中で、当然のことながら司法=裁判所のあり方も大きく変えられることになったのです。
 戦前の裁判所は「天皇の裁判所」として、一般の民事・刑事事件しか取り扱うことができなかったのが、戦後は国や行政庁の非違を匡すための行政訴訟も取り扱えるようになった上に、「一切の法律・命令・規則または処分が、憲法に適合するかしないかを決定する権限」(違憲立法審査権 憲法81条)をも与えられることとなりました。

3 冒頭に紹介した長沼事件の判決は、まさにこの違憲立法審査権を裁判所が行使した結果にほかならず、ほかにも砂川事件の伊達判決(米軍駐留を違憲とする 59年)や教科書裁判での杉本判決(教科書検定を違憲の虞れありとする 70年)など、多くの憲法判決の事例が今日までに出されています。
 これらの事例からもお判りのように、戦後の裁判所が違憲立法審査権の行使を通じて、わが国の政治のありようを匡す上で果たし得る役割は絶大なものがあり、これからも裁判所のこの権限・役割は大切にしていかねばならないと考えております。