弁護士 加藤文也

数年前、大病を克服されたHさんのご自宅に打ち合わせのため何度かお伺いした。ある時、Hさんは、私に、「先生は俳優の笠智衆に似ている」と話された。このように言われたのは初めてのことで、意外感もあったせいか、山田洋二監督の寅さん映画で、和尚さん(帝釈天の御前様)役を演ずる笠智衆を思い起こし、「私の方はまだ髪の毛は黒いのが多いんですが」と、とんちんかんな受け答えをした。Hさんは、微笑みながら、「いや、似ていますよ」と述べ、私の自宅にわざわざ、「東京物語」(小津安二郎監督作品)のビデオを送って来られた。

そのとき、改めてこれらの映画を見てみた。そこには、ゆったりとした穏やかな時間が流れていた。家族とそれを取り巻く人々の間で、親密な対話が成り立っていた。そして、自分を知るユーモアのセンスがあることが対話をより豊かものにしていた。

それが、忙しく事件処理に追われている私へのHさんの心配りで、生きていくうえで何が大切かを教えられた思いがした。そのHさんが昨年、天国に召された。お盆の時期になり、Hさんに改めて感謝するとともに、ご冥福を心よりお祈りする次第である。

funsprainさんによる写真ACからの写真