弁護士 加納 力

 最近はほとんど聞かなくなりましたが、その昔、法律事務所で働いている女性事務員のことを、「女の子」と言う弁護士を見かけました。「あとでうちの女の子に書類届けさせるから」という具合です。書類を整えたり調査をしたりするのは男性事務員の仕事で、「女の子」はお茶汲みとお使いと、あとは愛嬌を振りまいて職場の花になることが仕事。
 セクハラじゃないですか。
 と、ここまで書いて、今でもそういう価値観が残っていそうな気がして、少し怖くなりました。

セクハラ問題に揺れた財務省

 財務事務次官がセクハラで辞任に追い込まれたかと思えば、大臣が、犯罪ならともかくセクハラくらいで問題にするなと言わんばかりの発言をするなど、まだまだ古い考えが根深く残っているようです。

 セクハラを含むハラスメントの根っこには、ある種の価値観の押し付けの要素があるように思います。そこには相手の人格を低いもの、劣ったもの、弱いものとする、差別の意識も潜んではいないでしょうか。相手が嫌な気持ちになろうが、「オレは楽しいんだからいいじゃないか。お前たちもオレと一緒に楽しくやろうぜ。」万事がこの調子です。

 ボス猿が、群のメスの発情期を把握しておかないと、群を統率できない、というならともかく、現代社会の人間が、セクシャルな価値観(それも前時代的な)を共有しなければコミュニケーションが図れないなんてことはありません。
 私には、セクハラを擁護するのも、「オレたちの若い頃はもっと働いた」と長時間労働を容認するのも、愛国を強要するのも、質的に似ている気がしてなりません。