弁護士 新井 章

 年をとってから初めて気付かされる事柄は結構多いが、電車の中で若い人などから座席を譲られることもその一つだろう。
 最初の頃はこちらが吃驚して、譲ってくれた人に感謝はするものの、とうとう自分も周りの人達からは「年寄り」と見られる年配になったかと、心中穏やかならざるものがあったが、年を重ねるにつれて次第にさような抵抗感は薄れ、むしろ座席を譲って下さる方の好意を素直に受け容れて、心底有り難いと思えるようになった。もちろん譲ってくれた方には丁寧にお礼を述べ、その方の顔を覗き込むようにして、「有り難き人」「善き人」「心優しき人」の顔つきや姿かたちを心に刻むようにしている。そして、その人が家庭や学校・職場でも恐らくは周囲の仲間達に心優しく、温かく接し、接しられているであろう情景を想い描き、その人の向後の幸せを密かに祈って、私自身がひととき心温まる思いに浸ることにしている。
 これからも健康であるかぎり、電車での「通勤」という生活は続くと思うが、願わくばかような「幸せ」に今後も末永く見舞われんことを祈るばかりである。