弁護士 渕上 隆

昨年、老後資金として年金以外に2千万円の蓄えが必要だとする金融庁報告書が衝撃的に報じられると、麻生金融相は、「世間に著しい不安や誤解を与える」といって、報告書の受け取りを拒否しました。しかし、不安はともかく、「誤解」などありません。むしろ、報告書がとり上げている“平均値”以下で苦しんでいる低年金者が多く存在するのです。

国は、年金額の引き上げを抑制する「マクロ経済スライド」を適用する条件整備のために2013年から三段階にわたり、老齢基礎年金・厚生年金の支給額を合計2.5%引き下げました。これが生存権を保障する憲法25条に違反するとして、全国32地域で、5千名を超える年金生活者が裁判をしています。東京地裁では昨年10月原告12名の尋問が行われました。

私が尋問を担当した原告は、年金だけでは生活できないため76歳まで現役の瓦職人として屋根に上がって仕事をしていましたが、無理がたたって腰を悪くし、車椅子生活となりました。そのため生活保護を受けることを決意しましたが、「生活保護を受けるくらいなら離婚する」と言われ、50年も連れ添った奥さんとやむなく離婚しました。生活保護バッシングを恐れてのことであるのは想像に難くありません。

この裁判で被告(国)は生活保護制度があるから、いくら年金が低くても、また、それをさらに切り下げても憲法25条には違反しないと主張しますが、それがいかに非現実的で、非人間的であるか明らかでしょう。日本の社会保障制度の不備の縮図のような尋問結果となりました。