今年は年頭のインフルエンザ罹患もあって例年よりあまり本を読んでいないが、まず印象に残ったのは、田中慎弥氏の今年度芥川賞受賞作品『共喰い』である。きっかけは、テレビで同氏が選考委員の某氏の作品批判を痛烈に論破した小気味の好さに惹かれたからである。
 やや深刻な主題の小説であるが、新人発掘への思いやりの欠如が彼を怒らせたのかもしれない。

 次に苦労して読んだのが山田風太郎賞等の受賞作、高野和明氏の『ジェノサイド』と題する590頁にもわたるミステリー大作である。この本は、著者自身巻末に大学の生命科学・薬学部教授や、コンピューター関連等々の多くの学者・研究者の助言を得たといっておられる通り、その方の専門的知識の少ない私にとって、大変取っ付きにくい部類のものであったが、読んでいるうちにその面白さに惹かれて、後半は目の疲れも忘れて一気に読了した次第である。物語には、まずアメリカ大統領直属委員会(良心的科学者一人を交えて)、その委員会が請負わせた民間軍事会社のアフリカ派遣の四名の殺戮者達のコンゴ付近での一連の作戦行動と人物評価、一方怪死した亡父(薬学者)の遺言と何者かの指令に従って、いまだに特効薬が存在していない肺胞上皮細胞硬化症の創薬に献身する東京での古賀という薬学部学生の存在とその活躍が織りまざって展開する。その背景にあるのが、アフリカに生まれたムブティ人の子供の超人類的頭脳にアメリカの軍事的機能が崩壊させられることを恐れた特殊な軍事作戦であったという筋書きである。この種のアメリカの軍事戦略批判に加えて、全篇に漲ぎるヒュマニズム路線に救われた、複雑きわまる読後感だが是非一読を乞う。