弁護士 田部知江子(ゲスト)/弁護士 村山 裕/事務局 手島彩子

 

 最近注目されている「子どもの貧困」について、日弁連の「貧困と人権委員会」「子どもの権利委員会」に所属し、最近イギリスに調査にも行かれ、社会福祉法人カリヨン子どもセンターの理事も務める田部知江子弁護士にお話を伺いました。

 

手島: 昨年の政権交代の前後から「子ども手当」や「貧困率」が話題になっていますね。

村山: 世帯の可処分所得を子どもも含め世帯人数で調整して割り当て、順に並べて中位の人の半分以下の所得しかない人の割合を貧困率といいます。国民全体で15.7%、子どもは14.2%と、公式データとして初めて政府発表されたのですね。2004年に国連子どもの権利委員会は、子どもの状況のデータを集めて報告せよと勧告していました。しかし、どうして、今、「子どもの貧困」なのですか。

田部: 一昨年来の世界的不況下「派遣切り」などで、家計の事情で学費未納のため卒業証書をもらえなかったり、中退や進学できない子の報道があり注目されました。もともとは、規制緩和政策の下での非正規雇用・ワーキングプアが拡大する中で「子どもの貧困」が広がっていました。1990年代から日本の子どもの貧困率が高くなったと指摘されています。特に母子家庭の子の貧困率が高く、外国では母親が働けば貧困率は下がるのですが、日本では母親が働いているのに、貧困率が下がらないのです。

村山: 日本の女性の低賃金の問題だったのが、非正規雇用によるワーキングプアが男女を問わず広がる中で、母子家庭に限らない問題になってきたのですかね。

田部: 日本の特徴は、「少子高齢化対策」の観点による自己責任を前提にした「子育て支援」であるため、税金や国民年金・健康保険料などの社会保険料を負担した上での児童手当など社会保障給付による再分配後の方が、再分配前の状態よりも貧困率が高くなるという逆転現象があり、世界でも例がない状況の中で「子どもの貧困」が問題になっています。

村山: 社会保障施策の効果がないばかりでなく、子どものためにもなっていなかった…。

田部: 児童手当は税金の負担を求めながら広く薄く拡大され、子どもの貧困克服に効き目がありません。その中で、給食費や保育費の未納が取りざたされたり、保険料が払えず健康保険証を取り上げられ医療を受けられない子どもが出たりしています。その上、母子世帯政策としての児童扶養手当は削減されたり、復活はしたものの生活保護の母子加算が撤廃されたりしました。2007年の父子家庭も含む1人親家庭の貧困率は54.3%で経済先進国で最悪との政府発表もありました。

村山: 日弁連の「子どもの貧困」の問題への取組はどうだったのですか。

田部: 日弁連は、2006年の人権擁護大会で「現代日本の貧困と生存権保障-多重債務者など生活困窮者支援と生活保護の現代的意義-」を取り上げて貧困問題に注目し、2008年の人権擁護大会で「労働と貧困~拡大するワーキングプア」の問題を取り上げ、家計の教育費支出増大の中での教育格差・母子家庭の深刻さを指摘して、貧困の連鎖を引き起こさないような政策転換を求めました。そして、2009年から貧困と人権委員会を立ち上げて恒常的な活動を始め、「女性と子どもの貧困」部会で「子どもの貧困」の問題に取り組んでいます。

手島: どうして問題なのですか?

田部: 親が貧困を克服しようと昼も夜も働いて子どもと過ごす時間を作れないと、ネグレクトという虐待になったり、食事も十分に取れていなかったり、着替え・洗顔・入浴などの基本的生活習慣が身につかなかったりと言うことが起きます。先ほどの医療を受けられない子どもも出てきます。

村山: 教育関係でも、教材費や修学旅行費、塾の費用など諸々の教育費が大きくて負担できず、子どもは気恥ずかしさで学校から遠退き、学習意欲を失うなどして、「学びから逃走する子ども達」が問題になっていましたね。貧困で就学援助率が高いと、学力調査結果が低いことも明らかになっています。必要な栄養を給食に頼っており、給食のない夏休み後に体重が減る子がいるともいわれます。

田部: 就学援助で修学旅行費が出ても、お小遣いが用意できず行けなかったという悲しい話や、統廃合が進んで、通える高校が近くになく、交通費を負担できず休みがちになって、そのまま退学という話も聞きます。
 弁護士として、少年事件やカリヨン子どもセンターのシェルターに来る子どもと付き合っていると、基礎学力がないまま自立を強いられ、自信も持てず孤立してワーキングプアから離脱できない子どもをよく見ます。

村山: 子どもの貧困は、子どもの「成長発達」を妨げ、教育の機会均等保障を奪い、大人になっても貧困になる確率が高く、世代間連鎖を生んでいくということですかね。

手島: イギリスに調査に行って来られたとお聞きしましたが、どうでしたか。

田部: 昨年10月に、今度の人権擁護大会シンポの準備も兼ね、労働党政権が、縦割り行政を改めて「子ども・学校・家庭省」に改組し、「子どもの貧困の2010年半減・2020年撲滅」を目標に進めている取組みを見てきました。訪れたときは、ちょうど国会で子どもの貧困法案が審議されていました。まず、貧困地域などを中心に、ワンストップで託児・子育て相談・DV相談に対応できるチルドレンズセンターを訪問しました。小学校入学前2年間の「プリスクール」を併置して、発達障害の早期発見対応や移民の子の言語上のストレスを克服してコミュニケーション能力を育てて就学に備える取組がなされていました。この2年間の子どもたちへの働きかけが、その後の社会的な能力の発達に大きな効果があるというデータに基づいています。また、子育てに悩む親も、児童相談所とは違って気軽に相談できる雰囲気作りにとても配慮がなされていました。さらに、中学卒業後ドロップアウトしてしまった子どもたちのために、児童相談所・ハローワーク・職業訓練機関が一体化した「コネクションズ」という事務所が、各地域に設けられて、積極的に街中や学校に職員が出かけ、カウンセリングを提供したり、大人の就学機関へ繋げたりして立ち直りや自立を促す取組などがあり、効果を上げていました。子どもの貧困を自己責任で捉えず、社会が何とかしないと、犯罪が多くなったり生活保護率が高くなったりで、社会的コストが逆に高くなってしまうという問題意識で進められているのが、日本と違うと思いました。

村山: 小学校などもご覧になりましたか。

田部: 貧困地域の小学校でしたが、文房具や教材は学校に備えてあって、保護者の負担はありませんでした。また、貧困で十分に食事が取れない子のために「朝食クラブ」があって、行けば朝食が食べられ、授業前にスポーツなどのクラブ活動をしていました。

手島: 日本でも、最近のテレビ番組で、朝から空腹で元気のない子に養護教諭が気転を利かせて牛乳を飲ませる場面がありました。でも、特に制度や予算はないようでした。

田部: 日本で起きている子どもの貧困の事態は深刻なのに、子どもに直接届く施策が取られて来なかったということだと思います。進められようとしている「子ども手当」は、社会で子どもを育てるという観点に転換する意味を持ち得るようなものにしていく必要があります。

村山・手島: 今日はどうも有り難うございました。今年10月の盛岡の人権シンポに注目しましょう。