[特集 オリンピックと私]

 
 今年は、オリンピック年である。一応私もオリンピック放送は見るが、興味はあまりない。思い出があるとすれば、古い話で恐縮ですが1964年の東京オリンピック、これしかない。これは日本が国家威信をかけて行った一大イベントであったし、若い時だから、記憶に残るのは当然でしょう。その後急速にオリンピックへの興味が半減したのは、自分がスポーツに縁がなく、またハイキングも「散歩」も勿論オリンピックの競技に入っていないから関心はなくなってしまった。もう一つオリンピックに興味が持てない原因は、我が同胞が、余りに世界と力の差がありすぎてオリンピックでは勝てず、観客としては不甲斐なく、面白くない。眠いのを我慢してみるほどの情熱が湧いてこないのである。

 ところで、東京オリンピックの時は、私も若く昼は末端官庁でのんびり働いており、夜は大学の夜間部に通学していた。東京オリンピックの開会式も大学のホールのテレビ(当時は勿論自分のテレビはない)で慌ただしくその行進を見た記憶がある。

 職場も女性(といっても当時の公務員は40歳ぐらいの独身女性)が多く、出勤すると昨日のオリンピックの話題でひとしきり賑やかであった。特に日本の女子バレーボールが勝ち進み職場の話題は「東洋の魔女」これに極まったといってよい。決勝は閉会式の前夜で相手は強豪ソ連(ロシア)であり、全勝同士の戦いであった。別の課の若い男性が我々にトトカルチョを誘ってきたので、我が課の女性達も勿論これに賭けた。私は日本女子優勝に、そしてセット3-0の全勝優勝に賭けたのである。結果はご承知の通り全セットストレート勝ちの優勝であった。さすがにこれに賭けた人は一人であり、何十人分の賞金を独り占めにしたのである。そして課内の女性にケーキをおごる羽目になったが、そのうれしさは、胸を熱くし、鬼の大松監督と河西選手に感謝々々であった。(この時運を使い果たし、これ以来勝負事はからっきしダメである。)そういえば女子体操のチャスラフスカ(チェコ)もよかったなあ。