神山美智子 弁護士/(インタビュアー)船江理佳 弁護士

 

 2008(平成20)年は、食品偽装のみならず、毒入り餃子や汚染米のように食品に有毒・有害物質が混入するという事件が続発しました。
 そこで、長年食品安全の問題に関わり、現在内閣府「事故米穀の不正規流通問題に関する有識者会議」の委員なども務められ、日本弁護士連合会、公害対策・環境保全委員会化学物質部会でご一緒させて頂いている神山美智子弁護士に、食品安全に関して弁護士が果たすべき役割や食品安全をめぐる課題についてお話を伺いました。

 

船江: 神山先生が、食品安全の問題に取り組まれたきっかけを教えてください。

神山: 東京弁護士会の公害・消費者問題対策特別委員会に所属していたときに、都内の消費者団体と懇親会を開いたところ、ぜひ委員会で食品安全問題を取り上げてほしいとの要望が寄せられたことがきっかけです。1979(昭和54)年のことでした。

船江: 30年以上、食品安全の問題に関わっていらしたのですね。
 弁護士は、食品が原因で何らかの被害を受けた方の救済や食品を扱う企業のコンプライアンスの確立という役割を果たすこと以外に、食品の安全のためにどのような役割を果たしていくべきでしょうか。

神山: 弁護士は、法律の専門家であるという立場を活かして、法律の制定や改正について提言し、また改正などに積極的に意見を述べることで、より良い立法や行政の仕組み作りがなされるように働きかけるという役割を果たしていくべきです。
 私は、これまでに、東京弁護士会や日本弁護士連合会を通じて、食品安全基本法や食品衛生法に関する意見や、「有機農業促進基本法要綱」の公表などをしてきました。

船江: 法律の専門家である弁護士には、今後ますますそのような役割が期待されますね。
では、現在の食品に関する立法や行政について、一番問題なのはどういうことだとお考えですか?有毒・有害物質の食品への混入や食品偽装の事実が次々と明らかになると、一体何を信じて日々の食品を選んでいいのか分からなくなってしまうという声をよく聞きます。実際、私自身もそうですし。もはや食品の安全について「不安」というより「不信」感を抱いてしまいます。

神山: 私は、消費者の視点というものが軽視されていることだと考えています。

船江: 具体的には、どんなところに消費者軽視が表れているのでしょうか?

神山: 例えば、消費者がある食品添加物は生命や身体に対して危険だから、その添加物を禁止する措置を行政に求めようと思っても、現在の食品衛生法ではそのような措置を求めることはできないのです。
 生活消費財に関する家庭用品品質表示法(第10条)や消費生活用製品安全法(第93条)では、行政が消費者の利益を保護するために必要な措置をとっていないときには、消費者は行政に適当な措置をとることを求めることができる申し出権が定められているのにもかかわらず、食品安全行政にはこうした制度も、異議申し立てをする制度もありません。

船江: 食品安全委員会(内閣府に設置された、食品の安全性を評価する専門的な機関)の委員には、消費者の代表は入っていませんね。

神山: そうです。食品安全委員会にも消費者の視点は不可欠だと思うのですが、消費者の代表は入っていません。
 そこで、私たちは、食品安全の問題に消費者の意見を反映させるべく、食の安全・監視市民委員会というNGOを立ち上げて、食品安全委員会などへの意見書を提出したり、独自の問題提起と提言を行ったりしています。食品安全委員会の委員に消費者の代表もいれるべきです。

船江: また、食品を買う際に、少しでも安全な食品を選ぼうと思っても、その食品材料の原産地が表示されていないものも多くて、この点でも消費者としては不安です。

神山: そうですね。今の食品関連の法律では、消費者の「知る権利」の保障も不十分なのです。ですから、原産地表示やトレーサビリティ(生産、加工および流通の特定のひとつまたは複数の段階を通じて、食品の移動を把握できること)の構築という課題もあります。

船江:消費者行政の一元化を目指して、消費者庁が創設された場合には、食品安全基本法が移管されたり、表示に関する仕事が移管されることになりそうです。これは、一歩前進と評価できるのでしょうか。

神山: まあ、一歩前進と言えなくもないでしょう。 しかし、食品安全委員会は内閣府のまま、食品表示Gメンは農林水産省に残り、食品安全の規格基準は厚生労働省のままということでは、消費者保護という点で実効性に疑問があります。やはり、できるだけ消費者庁に一本化することが必要です。

船江: 食品の安全性のためのより良い立法や行政の仕組み作りのためには、消費者の視点をもっと反映させるという観点が不可欠ということですね。
 本日はお忙しい中どうもありがとうございました。先生の益々のご活躍をお祈りしますとともに、私も、弁護士として、また、一消費者として、食品安全の問題に微力ながらも取り組んでいきたいと思います。

<プロフィール>
神山 美智子(かみやま みちこ)弁護士
 1962(昭和37)年 中央大学法学部卒業。
 1965(昭和40)年 弁護士登録(東京弁護士会所属)。
 2008(平成20)年 長年の食品安全に対する功績を評価され、エイボン女性賞を受賞。
●主な役職
 内閣府「事故米穀の不正規流通問題に関する有識者会議」委員、日本弁護士連合会公害対策・環境保全委員会特別委嘱委員、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議副代表、食の安全・監視市民委員会代表など多数。
●著 書「食品の安全と企業倫理-消費者の権利を求めて」(八朔社)
 「食品安全へのプロポーズ・For Food Safety Law」(日本評論社)他多数。