私は1956(昭和31)年に登録してから60年、ずっと弁護士一筋でやってきた。その間、非力の身を顧みず、あれこれ大小さまざまな法律事件(裁判事件)を手掛け、他人様(ひとさま)に較べて憲法裁判や人権事件に多く取り組んではきたが、いまふり返ると、この60年はあっという間の出来事だったように思えるし、他方ではまた、牛のよだれのようにだらだらと長い道のりであったようにも感じている。
 ところで、ごく最近の話だが、当事務所で若い司法修習生10人程を集めて(社会保障)裁判の勉強会をもったが、その後に出席者から届いた礼状の中に、新井という「85歳の現役弁護士のお話を伺え」て、というフレーズ(謝辞)があるのを見出して、嬉しく思うと同時に、いささか複雑な感懐を抱かされたことがあった。
 そこには、85歳の高齢でなお「現役」を務める弁護士への、三分の敬譲と七分の驚嘆とがない交ぜに籠められているように察せられたが、こと後者に関するかぎり、平均寿命の延長で70歳がもはや「古来稀れ」ではなくなりつつある昨今では、85歳の弁護士が「現役」を張っていることに「驚く」のは如何なものかと、いぶかる気持がないわけではない。足腰は衰えたが、頭脳(あたま)だけはまだまだとする自負に支えられて、何とか「晩節を全う」したいと冀う今日この頃である。