時の政府による言論規制が話題となっている昨今、ある本屋で河原理子著『戦争と検閲 石川達三を読み直す』という岩波新書を手に入れた。なぜ注目したかというと、石川氏の著作には、一貫した何者かが必ずあり、それが魅力だった。特に日中紛争が次第に激しくなっていった1935(昭和10)年ブラジル移民の現状とその悲惨さを描写した『蒼氓』は紆余曲折の選考を至て第1回芥川賞を新人として受賞しているが、この本を若い時読んで痛く感動した。同書でも、1930年に35歳の若さで自らブラジルに移民と共に渡航した時の、田畑等を捨て起死回生を南米に必死に求めた農民の実態に触れ、そのみじめさは、日本の政治と経済の全ての手落ちの結果であり移民は口実で「本当は棄民」だったと痛烈に批判している。次に本題である1938(昭和13)年に有名な筆禍事件に巻き込まれた日中戦争参加者の実態を描いた『生きている兵隊』の著作である。同書は、当時日中戦争に召集された教師・僧侶・医学者らの日本兵が、戦地の現実になじみ、あるいは破綻していく様子を描写した長編で、その中には女性殺害や慰安所問題等の場面があり、編集部がかなりカットしても新聞紙法違反の出版犯罪として刑事処罰されている。戦後も同氏は、風にそよぐ葦、人間の壁、望みなきにあらず、等々の新聞連載小説の旗手となりその信念を貫徹した。石川達三氏こそ今日の政治情勢下で最も必要不可欠な人材であろう。