35b767149e8227ddbc9bce138bdabed5_s 熊本地震による被災者の皆様には心よりお見舞い申し上げます。
 今回の熊本地震と、阪神淡路大震災や東日本大震災とでは、ある環境の大きな違いが指摘されています。情報ネットワークです。スマートフォンの普及はその象徴で、インターネット接続が手軽になり、各種SNSを介して人と人とが文字どおり網目のように結びついて、被災情報、避難所や救援物資の情報、ボランティア情報、被災地の交通事情等々がリアルタイムに拡散され、一人一人が今何をすればよいのかを考えることができました。災害時に必要なのは、水や食料、安心できる寝床に加えて情報だと言われます。ラジオくらいしか携帯できる情報源がなかったのに比べれば、飛躍的な進歩と言えるでしょう。
 もちろん、情報ネットワークの充実によって全てが解決するわけではありません。一つの災害を教訓として、法律や制度の整備を進め、いずれ訪れる次の災害に備えることが重要であることは言うまでもありません。
 熊本地震後、「憲法に緊急事態条項があれば、国がもっと適切な対応ができたはず」という意見を目にします。戦争や大規模な自然災害時などに権力を内閣に集中させ、国民の権利を制限してでも国家の存立や秩序の回復を図る「国家緊急権」という考え方は、一見なるほどと思わせるものがあります。しかし、災害への対応には過去を教訓とした備えと、これを支える個々の人、企業、自治体等の自主的な力が不可欠であり、権力集中はむしろ足かせになります。東北、新潟、兵庫など大震災の被災地の弁護士会が揃って緊急事態条項の創設に反対しているのは、過去の経験に基づく切実な訴えです。災害を口実に「お試し改憲」を目論むのだとすれば、不見識と言うほかはありません。