1 東京中央法律事務所と私学の教職員の権利闘争

 東京中央法律事務所は発足当初から、労働者の権利確立のために貢献することを重視し、公立学校や私立学校の教職員の権利闘争や、国鉄労働者や東京都の職員など公共労働者の権利闘争にかかわってきました。
 しかし、労働運動の変遷により公共労働者や公立学校の権利闘争への関与が少なくなり、事務所の歴史の後半になると私立学校の教職員の権利確立のための事件への関与の比重が重くなってきました。
 事務所が担当する私学関連の労働事件数は多く、全体として常時10件以上の事件に関与、担当しています。
 わが事務所の構成員は、各事件の担当弁護士として、あるいは私立学校の教職員組合の地域連合や全国組織の顧問弁護士として、これまで多数の労働裁判や労働委員会救済命令事件を担当し、日常的に生起する権利問題の相談に対応し、また労働法に関する講座の講師を行っています。
 そこでここでは私学教職員の権利闘争を中心に事務所の過去10年間の活動をまとめてみることにします。

2 私学教職員の権利確立のための闘いの10年

 私立学校の現状を見ると、創設者のワンマン運営が行われたり、一方的な労働条件の切り下げが行われたり、組合を嫌悪した不当労働行為が行われることは珍しくありません。また、最近では有期雇用労働者の安易な雇い止めが行われることも多く、我が国の労働者のかかえている権利闘争の課題のほとんどすべてが私学にもあるといえます。

(1) 横暴な学校法人の運営を跳ね返す闘い

 私立学校の場合、学校創設者や自らの運営方針を一方的に押しつける理事会が、教職員や父母・生徒の意向を無視し、独善的な学校運営や組合の敵視行為を行う例が少なからず見られます。これに対する権利闘争は全国で展開されています。

 たとえば、事務所の弁護士が担当した四国の大手前高校の事件(田原担当)や、東京の松蔭学園高校の事件(田原、加藤、斉藤、加納担当)、鶴川高等学校の事件(江森、菅沼担当)はその典型例で、いずれも労働委員会、裁判所で複数の法廷闘争が並行して極めて長期間にわたり継続しました。

 この中で松蔭学園高校の権利闘争が今年33年を経てようやく全面解決をすることができたのは画期的な出来事でした。松蔭学園高校では、1980年に産休をとった組合員の教員が授業や担任など一切の仕事を取り上げられ、隔離部屋での勤務を命じられたり、その4年後には無期限の自宅待機を命ぜられるなど極端な嫌がらせをうけました。1981年には組合委員長の教師の成績評価のやり方を理由として解雇しました。そして他の組合員に対しては徹底した賃金差別を行いました。仕事はずしをされ、隔離部屋に閉じ込められた教員は学園の措置に対して損害賠償の請求をし職場復帰を求めました。これに対し裁判所は学園に600万円という破格の損害賠償支払義務を認めましたが、この判例は現代のパワハラ問題の先駆けになりました。また組合委員長の解雇事件は最高裁で解雇無効とする判断が確定しようやく職場復帰が実現しました。また賃金差別については、16年間の3次にわたった労働委員会闘争の末ようやく非組合員と同等の賃金を取り戻しました。最後には定年退職した組合員の退職金差別をしたことに対する裁判を提起し、あわせて学園の理事長個人に対して積年にわたる責任の追及をしたところ、裁判所の強力な勧めもあり、理事長の個人責任も認めた形での全面和解が成立したのです。

 大手前高校事件は、松蔭学園と同様長期の争議を争っていたのですが、組合員の退職に際しては学園も差別はできず、長年の争いが全面解決しています。

 なお鶴川高校の権利闘争も以上2つの事件と同様長期にわたって闘われ、弁護団は、賃金差別や担任はずしなどの差別を禁止する労働委員会命令、賃金切下げを無効とした判決、学校外での生徒指導を強要した立番裁判を違法とする判決を次々と獲得していますが、全面的な解決には今一歩のところにあります。

 松蔭学園高校事件に見られるように長期にわたる組合攻撃をはねかえした権利闘争の存在とその成果は、地域だけでなく全国の教職員の権利と労働条件の闘いを大きくはげましてきたといえます。

(2) 労働条件の一方的な切り下げと権利回復のための闘い

 生徒減や私学危機などということがマスコミで言われている中で、必ずしも経営が困難でないにもかかわらず、賃金切下げをはじめとする労働条件の切り下げを提案し、労働組合と十分な協議を行わないで一方的に労働条件を切り下げる例は少なくありません。

 これに対し私学の労働組合は、十分な協議を行わない使用者の態度は団交拒否にあたるとして労働委員会に不当労働行為救済申立てを行ってきました。

 この結果、労働委員会が関与して和解が成立したり、また団交拒否の命令を獲得する中で労働条件の一方的切り下げに一定の歯止めをするなどの成果を実現しています。

 労働委員会へ申立て、和解により労働条件の切り下げを食い止め、あるいは回復した事件としては、東京家政学院大学(金井、斉藤担当)、聖学院高校(男女)(斉藤、船江担当)の不誠実団交事件等があります。

 労働委員会で団交拒否あるいは不誠実団交であるとの命令を獲得した事件としては、東京女学館事件の2005年の命令(江森、渕上担当)、上智大学事件の2008年の命令(江森、斉藤担当)、中央大学の2010年の命令(江森、渕上担当)、日本社会事業大学事件の2013年の命令(斉藤、船江担当)等があげられます。

(3) 営業譲渡の雇用の確保

 国鉄のJR移行に際して、国鉄労働組合所属の組合員の不採用が行われ、全国の労働委員会で採用差別事件が争われました。私立の専門学校でも、同様に、営業譲渡に伴う組合員の不採用

問題が起こりました。東京商科学校では、他の教職員が学校の営業譲渡に伴い原則として譲渡先の学校に採用されたのに対し、組合員であるという理由から不採用者がでました。

 そこで不採用となった組合員はこの採用拒否が不当労働行為であるとして、労働委員会と裁判所で争いました。さいたま地方裁判所の2004年12月の判決は、営業譲渡にあたって不当労働行為により譲渡元の職員を不採用とすることは違法であり、譲渡先の学校との間で労働者の身分があるとの画期的な判断を下しました。残念ながらこの判決は東京高等裁判所で取り消されましたが、営業譲渡に伴う雇用の継続問題に関するリーディングケースとなりました(斉藤担当)。

(4) 整理解雇と雇用を守る闘い

 経営危機を理由とする人員削減の方法として希望退職を募集したり、場合によって解雇が行われる場合があります。学校経営の場合は教育現場の維持継続という観点からも安易な解雇が許されてはなりません。

 私学では山口県の三田尻高校の整理解雇事件に対し、2000年に裁判所で解雇無効の判決が出され、また大阪の飛翔館高校の整理解雇に対しては、2011年に最高裁判決で解雇無効が確認されています。私学経営は、民間企業と異なる財務構造をもつため、私学の組合は、私学の財政事情に精通する学者の鑑定意見を裁判所に提出するなどし、勝利判決を獲得してきました。

 事務所でも例えば昭和短大の学科廃止に伴う教職員の大量解雇について2002年12月に解雇無効の仮処分を獲得しています(江森、斉藤担当)。

 また一方的に学園を閉鎖した東横学園大倉山高校の場合、組合との十分な協議をしないことについて労働委員会に申立て、閉鎖の撤回と雇用確保の問題を求めました。この件では結局法人の他の学校での雇用確保を合意した和解を成立させています(江森、渕上担当)。

 私立学校でも経営が行き詰った場合には、賃金・退職金の支払いを受けられなくなるケースも出てきます。こうした中で、労働者の賃金の確保のための権利闘争が必要となります。千代田学園の権利闘争では、差し押さえ等の法的手段を駆使し一定の権利確保をしました(田原、加納担当)。

(5) 組合攻撃の解雇等を撤回させる闘い

 私学においても、活発に組合活動をする教職員の行動をよく思わずに解雇をしたり、組合活動ゆえに待遇上の差別を行うことはしばしば起こります。これに対し、多くの私学の教職員は解雇無効の本訴や仮処分を提訴したり労働委員会に申立てて勝利し職場復帰をさせたり、差別を是正させています。先に紹介した松蔭学園高校や鶴川高校の労働委員会での差別賃金の命令の獲得はその一つの例ですが、これ以外にも多数の権利闘争での勝利の実績があります。

 同族経営をする帝京八王子の高校において解雇された、組合委員長解雇事件は長い労働委員会での審理の中でその不当労働行為性を明らかにして解雇撤回の和解を実現しました(田原、江森担当)。

 また糸山英太郎氏が理事長であった湘南工科大学では、組合員教員に対する教授昇格差別や不当な懲戒解雇との

闘いが労働委員会等で進められましたが、これも教授昇格と解雇撤回を勝ち取りました(田原、金井、斉藤担当)。

 成徳高校の解雇事件については、早期の仮処分、本訴の判決を得た上で、高裁の和解で職場復帰を実現しています(江森、渕上担当)。

(6) 一方的な解雇、処分等を撤回させる闘い

 組合活動を理由としなくても理不尽な一方的解雇や処分は頻繁に行われています。処分を受けた教職員が権利回復のために、裁判所や労働委員会への申し立てを行う中で、多くの事件で権利回復を実現してきました。

 秀明大学事件(田原、村山担当)は中労委で最終的に和解しました。また郁文館事件(村山、渕上担当)などでも和解が成立しています。

 なお2006年から導入された労働審判手続は、短期間で一定の結論を得ることができる制度です。最近では私学の教職員の権利救済の事件についても、争点や証拠の存在、当事者の状況を検討した上で、短期決戦が可能な労働審判で争う例も多くなっています。

(7) 教員不適格攻撃に対する反撃

 帝京八王子の組合委員長の解雇は、クラブ活動における体罰を理由としており、松蔭学園高校の解雇は成績評価の誤りを理由とするものでした。

 両事件ほどではないにしろ、最近は教員の適格性が争点となる紛争が増加しています。

(8) 非正規教職員の権利確立のための闘い

 近年の非正規労働者の増大にともない、その雇用と労働条件を守る権利闘争が重要になっています。私立学校の場合、多くの非常勤教職員が正規(専任)教職員同様に学校の中で重要な役割を果たしています。しかし、その身分は極めて不安定で、労働条件も不十分なままにおかれています。

 こうした中で新潟県の加茂暁星高校の2名の非常勤教員の雇い止めを争う裁判が新潟地裁で勝利判決を勝ち取りました。東京高等裁判所で控訴審が開始されたため、田原・江森の両弁護士が弁護団に参加しています。

 一方日本学園の非常勤講師の担当時間の確保に関して法人が組合と誠意をもって交渉しないことが団交拒否に当たるとして、労働委員会闘争が取り組まれました(村山、渕上担当)。

(9) 権利闘争の学習活動

 以上述べたように私学の教職員の権利や労働条件をめぐる紛争には極めて多面的なものがあります。こうした中で組合員の学習活動が極めて重要になっています。

 その意味で、私学の教職員の組合の学習活動は極めて活発で、連続講座の開催、春闘の時期の団体交渉の学習会などを開催しています。また個別の学校の組合での学習会も行っています。当事務所では、これらの学習会への講師派遣を積極的に行っています。