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2006年7月発行
中国「残留孤児」訴訟・結審
弁護士 渕上 隆

5月24日、東京地裁で、中国「残留 孤児」国家賠償請求訴訟が結審しました。 判決は、来年1月30日に言い渡されま す。

日本政府は、戦前、国策として多くの 国民を開拓民として「満州」(中国東北 部)に送出しましたが、1945年8月 ソ連軍が「満州」に侵攻すると、日本軍 (関東軍)は開拓民等を保護せず撤退し ました。そうした状況の中で幼くして肉 親と離別し、中国に取り残された人達が 中国「残留孤児」です。戦後も、日本政 府は長い期間、これら「孤児」らを帰国 させる政策をとりませんでした。「孤児」 らの日本への永住帰国が本格化したのは 日中国交回復からさらに14年も経った 1986年以降であり、「孤児」らは戦 後40年もの期間帰国を待たされたので す。その間、「孤児」らは日本の侵略戦 争の責任を一身に負わされて迫害を受け るなど中国において苦難の人生を過ごし ました。

祖国日本を慕ってやっとの思いで帰国 した「孤児」らに対する日本政府の対応 は冷たいものでした。政府は、中国社会 において言語、習慣等を身につけた「孤 児」らに対して、日本社会に適応できる ような十分な支援策を施すことのないま ま、生活保護から「自立」するよう促し ました。そのため、「孤児」らは日本語 も不十分なまま低賃金・重労働の仕事へ の就労を余儀なくされました。その結果、 「孤児」らの約9割が今でも十分な日本 語を話せず、日本社会で孤立しています。 また、日本で就労した期間が短いため年 金も僅かな金額しか支給されず、約7割 が生活保護を受けざるを得ない状況とな っています。北朝鮮による拉致被害者に 対する処遇とは大きな違いです。

「孤児」らは、せめて老後を安心して 過ごせるよう国会請願等を行ってきまし たが、その願いは聞き入れられることは なく、やむなく裁判に立ち上がりました。 日本に帰国した中国「残留孤児」は約2 400名、その9割近くの2192名が 全国15の地方裁判所及び一つの高等裁 判所で裁判を闘っています。このことだ けからも「孤児」らの現在置かれている切迫した状況とその要求の切実さが推し 量れるでしょう。この度、結審を迎えた のはこれら「残留孤児」原告のうち20 02年12月に最初に裁判に立ち上がっ た40名です。

当事務所からは、斉藤弁護士と私が弁 護団に参加しています。この裁判の行方 に注目していただくとともに、ご支援い ただくようお願い致します。